東京高等裁判所 昭和52年(ネ)1110号 判決
昭和五二年(ネ)第一一一〇号事件
控訴人
財団法人交詢社
右代表者理事
高橋誠一郎
右訴訟代理人
梶谷玄
外四名
昭和五二年(ネ)第一一七九号事件
控訴人
株式会社交詢社出版局
右代表者
松久薫
右訴訟代理人
松久健一
昭和五二年(ネ)第一一一〇号事件・
同年(ネ)第一一七九号事件
被控訴人
三周資材株式会社
右代表者
須崎かほる
右訴訟代理人
栗原時雄
同
小山田純一
主文
原判決中控訴人財団法人交詢社に関する部分を取り消す。
被控訴人の控訴人財団法人交詢社に対する請求を棄却する。
控訴人株式会社交詢社出版局の控訴を棄却する。
訴訟費用は、控訴人財団法人交詢社と被控訴人との間においては第一、二審とも被控訴人の負担とし、控訴人株式会社交詢社出版局と被控訴人との間においては、被控訴人について生じた控訴費用を二分し、その一を控訴人株式会社交詢社出版局の負担、その余を各自の負担とする。
事実
一 控訴人ら各代理人は、それぞれ「原判決を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、控訴人らの各控訴を棄却する旨の判決を求めた。〈以下、事実省略〉
理由
一控訴人株式会社交詢社出版局(以下「控訴会社」という。)に対する請求について
1 控訴会社が原判決別紙手形目録記載の約束手形四通(以下「本件各手形」という。)を振り出した事実については、被控訴人と控訴会社との間に争いがなく、被控訴人が本件各手形の所持人である事実は、原審及び当審における被控訴人代表者の尋問の結果並びに本件口頭弁論において被控訴人が書証として甲第一号証の一ないし四を提出したことによつて、これを認めることができる。
2 控訴会社は、本件各手形中原判決別紙手形目録記載三、四の各約束手形の受取人訴外開進工業株式会社の代表取締役と控訴会社の代表取締役とは同一人であるところ、右三、四の各約束手形の振出しについては控訴会社の取締役会の承認がないから、右各約束手形の振出しは商法第二六五条に違反して無効である旨主張し、更に、控訴会社は、商法第二六五条に違反する取引については、当該株式会社において、すべての第三者に対し、その善意・悪意を問わず、無効を主張し得るものであり、仮にそうでないとしても、被控訴人は前記各約束手形の振出しについて控訴会社の取締役会の承認がなかつた事実を知つていたか、又はそれを知らなかつたことについて過失があつたから、控訴会社は被控訴人に対し右各約束手形に係る手形金を支払う義務がない旨主張する。しかしながら、株式会社は、商法第二六五条に違反して振り出された約束手形を裏書により取得した第三者に対しては、その振出しについて取締役会の承認がなかつたことにつき右第三者が悪意であつたことを主張立証しない限り、振出人としての責任を免れないものと解すべきであるから、この点に関する控訴会社の主張は失当であり、しかも、被控訴人が悪意であつた事実を認めるに足りる証拠はない。
したがつて控訴会社が原判決別紙手形目録記載三、四の各約束手形について手形金の支払義務を負わない旨の控訴会社の抗弁は理由がなく、結局、控訴会社は、被控訴人に対し、右三、四の各約束手形を含む本件各手形に係る手形金の支払義務を免れない
二控訴人財団法人交詢社(以下「控訴財団」という。)に対する請求について
1 〈証拠〉並びに本件口頭弁論において被控訴人が書証として右甲号各証を提出した事実によれば、控訴会社が本件各約束手形を振り出し、被控訴人がその所持人である事実を認めることができる。
2 被控訴人は、控訴財団は、商法第二三条の規定により、控訴会社が被控訴人に対して負担する本件各手形に係る手形金債務につき、控訴会社と連帯して弁済の責めに任ずべきであると主張し、その理由として、控訴財団は、控訴会社に対し、「交詢社」の名称を商号中に使用して営業をすることを許諾したものであり、その結果、被控訴人は、控訴財団の振出しに係るものと誤信して本件各手形を割り引いたものである旨主張する。
ところで、商法第二三条に規定するいわゆる名板貸による貸主の責任が成立するためには、名板貸人が他人(名板借人)に対し、自己の氏、氏名又は商号を使用して営業をすることを許諾し、当該名板借人がその名義を使用して取引をした結果、相当方が名板貸人を営業主と誤認して取引をし、その取引によつて名板借人に債務が発生したことを要するものである。そこで、本件の場合これらの要件が具備されているか否かについて、以下逐次検討することとする。
3 まず、被控訴人は、控訴財団は、控訴会社に対し、「交詢社」の名称を商号中に使用して営業をすることを「許諾」した旨主張し、控訴財団はこれを否認する。
控訴会社は、「株式会社交詢社出版局」の名称を使用して「日本紳士録」等の出版の業務を行つていたものであるところ、控訴財団がこれを許諾していたと推認すべきものであることについては、原判決がその理由中に説示するところであ〈る。〉
4 次に被控訴人は、控訴財団が使用を許諾した控訴会社の名称「株式会社交詢社出版局」は、控訴財団の名称「財団法人交詢社」の主要部分をそのまま用いたものであるから、控訴財団は「自己の名称」を使用して営業をすることを控訴会社に許諾したものである旨主張するのに対し、控訴財団は、両者の名称の間には外観的同一性が認められないと反論する。
商法第二三条の規定によるいわゆる名板貸人の責任は、実質的営業主である名板借人の営業について名板貸人がその営業主であるとの外観が作出されていることに基づき、その外観を信頼してこれと取引関係に立つ第三者を保護するため、真の営業主である名板借人の責任を前提とし、名板貸行為を帰責事由として、名板貸人にも責任を負担させるものにほかならないから、同条にいう「自己ノ氏、氏名又ハ商号」とは、それが一般第三者に対し、名板貸人が営業主体であると誤認させるおそれの大きい外観を与える名義であることをもつて足り、必ずしも完全に同一の氏、氏名又は商号であることを要するものではないと解すべきであり、一般人にとつて営業主体の同一性に関する誤認を生ずべき外観を作出した場合には、この要件が満たされるものというべきである。
これを本件について見るに、控訴財団と控訴会社とは、財団法人と株式会社という厳然たる組織上の差異があるのみならず、その代表者も全く別人であることは当事者双方の主張によつても明らかなところであるが、前記3において認定したとおりの経緯により、控訴会社は、戦前控訴財団が出版していた「日本紳士録」の出版を業としているものであり、また、〈証拠〉によれば、控訴財団は古くから「日本紳士録」を出版する「交詢社」あるいは社交団体たる「銀座交詢社」として世間一般に著名であり、その名称も極めて特異なものであることが認められ、したがつて、一般人にとつて、「交詢社」を主要部分とする名称を有する控訴財団以外の団体が存在することは容易に推測し難いものであつたと考えられる。そこで、控訴会社がこのような特異な名称を商号中に使用するときは、社会通念上一般人に対して、株式会社と財団法人との組織上の差異にかかわらず、両者が同一営業主体であるという誤認を誘発させるおそれが多分に存するものといわざるを得ず、結局控訴財団の名称と控訴会社の商号との間には、商法第二三条の要求する外観的同一性が存在するものというべきである。
5 被控訴人は、本件各手形の振出しにつき控訴財団が営業主体であると「誤認」してこれを割り引いた旨主張するのに対し、控訴財団は、被控訴人が右のような誤認をすることはあり得ないから、被控訴人の主張は失当であると主張する。
〈証拠〉を総合すれば、次の事実を認めることができる。
(一) 被控訴人は、昭和二九年ごろから昭和四七年ごろに至るまで金融業を営んでいたものであるところ、一般に手形の割引においては、財団法人振出名義のものは、理事会の決議の有無等が後日問題となつて事故を生じやすく、銀行における再割引に当たつても不便であるところから、これを避けるようにし、専ら株式会社の振り出すもののみを取り扱つて来たが、昭和四四年ごろ訴外八重洲商事株式会社の代表取締役である訴外森田準一の依頼により、「財団法人交詢社出版局」振出名義の手形を例外的に数回割引いた経験があること。
(二) 被控訴人は、(一)の経験もあるところから、控訴財団が財団法人であるという事実を知り、また、一般的に株式会社と財団法人との区別を十分に認識していたこと。
(三) 原判決認定(九枚目裏九行目から一〇枚目裏七行目まで)のとおりの経緯により、昭和三九年に控訴会社が設立されたこと。
(四) 被控訴人は、「財団法人交詢社出版局」振出名義の手形と「株式会社交詢社出版局」振出名義の手形との両者を割り引いたが、前記訴外森田準一に対して後者の割引を希望する旨告げていたこと。
(五) 本件各手形も、右訴外森田準一の依頼により被控訴人が割り引いたものであるところ、右森田は、控訴会社が控訴財団あるいは「財団法人交詢社出版局」とは別個の法人として設立されたものであることを承知した上で、被控訴人に対しても、本件各手形の割引に先立ち、振出人名義の点に関し、財団法人振出しの手形と株式会社振出しの手形との区別について告げていること。
(六) 本件各手形には、振出人として、控訴会社の名称「株式会社交詢社出版局」の記載の下に、代表者としての「取締役社長東興亮」の記名があり、控訴会社名を表示した印影及び控訴会社取締役社長と記した印影が顕出されていたこと。
以上のとおり認めることができるところ、右認定事実によれば、被控訴人は、財団法人と株式会社との二種類の法主体の表示及びその内容について十分な認識を有し、控訴財団と控訴会社との二つの組織の存在についても、当然了知していたものと推認される。したがつて、被控訴人において、控訴財団と控訴会社とが、実質的、経済的に一体として経営されているものと信じたことはあり得るとしても、両者が同一人格であり、同一の営業主体であると認識するはずはなく、控訴会社名義の本件各手形の振出しにつき控訴財団が営業主体であると現実に誤認した旨の被控訴人の主張事実は、到底これを認めることができない。
前掲4において説示したとおり、一般的に言えば、控訴会社と控訴財団とが同一営業主体であるという誤認を生じさせるおそれは多分にあるものといわざるを得ず、また、前掲各証拠によれば、被控訴人は、昭和四四年ころ前記森田準一の依頼によつて財団法人交詢社出版局振出名義の手形を割り引いた際、森田から、「銀座の交詢社」が出版のためつなぎ資金を必要とするものである旨を告げられており、それらの手形はいずれも満期に決済された事実を認めることができるが、これらをもつてしても、前記判断を左右するには足りない。
なお、原審における証人森田準一は、当時本件各手形の振出人は控訴財団であると思つており、控訴財団、財団法人交詢社出版局、控訴会社の三者が別々のものであるということは本件各手形が不渡りになつてから初めて知つた旨供述し、また、原審及び当審において被控訴人代表者は、控訴会社が控訴財団と別のものであるとは全く考えていなかつた旨供述するが、右各供述部分は、前掲各証拠に照らし、たやすく信用することができない。
以上のとおりであるから、被控訴人につき、営業主体の同一性に関する誤認は現実には存在しなかつたものと見るべきであり、したがつて、名板貸人としての控訴財団の責任が生ずるいわれはないものと考えざるを得ない。
6 仮に、被控訴人の認識として、通常あり得べからざるところとは考えられるが、世上「銀座の交詢社」といわれる控訴財団が余りにも著名であり、被控訴人がその由緒ある呼称を熟知する余り、社交団体たる「銀座の交詢社」以外には「交詢社」はないという先入感にとらわれていた結果、被控訴人において、控訴財団と控訴会社とが同一人格であると誤信し、あるいは控訴財団が株式会社の名を冒用して本件各手形を振り出したものと信じたとしても、前記5において認定した諸事情が存するのみならず、原審及び当審における被控訴人代表者の尋問の結果によれば、被控訴人は、本件各手形の割引に先立ち、前記訴外森田準一から、振出人名義に関する説明を受け、しかも、本件におけるごとき融通手形の割引については振出人の信用が最も重視されるものであるにもかかわらず、控訴会社の設立その他本件各手形の振出しに関する事情について何ら確認の措置を講ずることなく慢然と割引の依頼に応じた事実が認められるのであつて、これらの点から判断すれば、多年金融業を営んで来た被控訴人としては、これを前記のように信ずるにつき重大な過失(名板貸人は、名板借人と取引をした第三者の誤認がその重大な過失に基づく場合に限り、名板貸人としての責任を免れるものと解する。)があつたものというべきである。
(なお、本件において、誤認の有無及び誤認についての重過失の存否を判断すべき取引の相手方が被控訴人である点については、原判決がその理由中において説示するとおり(一三枚目裏八行目から一五枚目表末行まで)であり、以上に述べたところは、この見解を前提とするものである。仮にこれを訴外八重洲商事株式会社及び同開進工業株式会社について判断するとしても、原審における証人森田準一の証言によれば、控訴会社の代表取締役と開進工業株式会社のそれとは同一人であり、八重洲商事株式会社も右両会社と実質上経営主体を共通にしていた事実が認められるのであるから、前記の結論は、かえつて、容易に導き出されこそすれ、いささかも異同を生ずるものではない。)
三よつて、控訴財団に対し商法第二三条に基づき本件各手形に係る手形金等の支払を求める被控訴人の請求は理由がなく、これを認容した原判決は不当であつて、控訴財団の本件控訴は理由があるから、原判決中控訴財団に関する部分を取り消して被控訴人の右請求を棄却するとともに、控訴会社に対し本件各手形に係る手形金合計二九〇万円及びこれに対する昭和四八年八月二三日(控訴会社に対する本件訴状送達の日の翌日が右同日であることは、記録上明らかである。)から完済に至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める被控訴人の請求は理由があり、これを認容した原判決は正当であつて、控訴会社の本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第九五条、第八九条、第九三条を適用して、主文のとおり判決する。
(貞家克己 長久保武 加藤一隆)